フランス・ミステリの新しい風
フレッド・ヴァルガス『死者を起こせ』

死者を起こせ  フランスから新しい風が吹いてきました。
 今、フランスで女流ミステリ作家といえば、まず名前のあがるのがフレッド・ヴァルガスと言っていいでしょう。もはやアルレーだけではないのです。ブリジット・オベールもいれば、アンドレア・H・ジャップもいます。オベールは『マーチ博士の四人の息子』でご存じでしょう。ジャップは、といえば、NASAでの職歴もある、医学および生化学の研究者で作家、小社から『殺人者の放物線』を刊行する予定です。
 そしてこのヴァルガス。フレッドというと、男性のようですが、本名がフレデリックで、フレッド。フレデリックはフランスではごくふつうの女名前です。
 ジャップが理科系なら、ヴァルガスは歴史学者。彼女曰く、一つの肩書きでイメージが固まるのがいやなのだとか。アコーディオン奏者にもなりたかったというが、そちらより、書くことのほうが向いていた、ということのようです。

 フレッド・ヴァルガスの『死者を起こせ』、フランスものはちょっとね……などとおっしゃらず、まあ、まずは、お読みになってみてください。いいんですよ、こ・れ・が……。
 舞台はパリ。
 探偵役が四人。三人は職のない若き歴史学者。そしてそのうちの一人の伯父でパリ警視庁をクビになった元刑事。
 三人の名は、マルク、マティアス、リュシアン。それぞれ専門は中世、先史時代、第一次世界大戦で、お互いに自分の専門こそが素晴らしいと張り合っている。
 元刑事はマルクの伯父だ。ハンサムな初老の男で、女性の心を掴むのがうまい……が、妻に去られた過去がある。彼は三人を聖人に見立てて、マルコ、マタイ、ルカと呼ぶ。
 この個性派四人の住まいは、ボロ館と呼ばれる、電話もない古いオンボロな建物で、職無し同士ギリギリ家賃を出し合って共同生活をしているのです。設定からして心ひかれるではありませんか?
 そして、事件はこのボロ館の隣で起きます。
 隣家の庭に、突然見知らぬ木が植えられていたのです。奇妙な話です。誰が、なぜ、何のためにそんなことをしたのでしょう? ある朝、その木を発見した隣家の婦人はひどく怯えます。しかし、妙なことに、夫はたいしたこととは思わない様子で取り合ってくれません。
 彼女は、引退したオペラ歌手。ファンからの贈り物なのでしょうか? それともストーカーの仕業? 元恋人が何かの意味を込めてしたこと? それとも……? 思い悩んだ彼女は、風変わりな隣人たちに相談したのです。なんとなく、存在が気になっていた四人に。
 その後、彼女は失踪……事件は意外な方向に進みます。
 石川絢士さんのカバーもなかなか魅力的? さあ、みなさん、個性派四人の住む、修道院のようなボロ館をのぞいてみませんか?

(2002年6月15日)
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