ジャンルを超えた〈物語〉の愉しみ
ピーター・ストラウブ『ミスターX』

ミスターX  ピーター・ストラウブといえば、スティーヴン・キング、ディーン・クーンツと並ぶアメリカ・ホラー界の重鎮であり、キングとの合作『タリスマン』でも知られています。が、ポピュラリティでこの二人に一歩譲るところがあるのは否めないところ。良い意味で読者に緊張と集中を強いる濃密な文体と作品構成に、やや強面な印象があったからかも知れません。
 ところが、1999年度のブラム・ストーカー賞を受賞した最新長編『ミスターX』では、彼はジャンルを超えた〈物語〉の愉しみを与えてくれます。たとえるならば、キングとロバート・ゴダードの、それぞれのファンをうならせるような。
 できれば、解説で東雅夫氏が書いているように、予備知識なく、先入観を持たずに読んでいただきたい作品です。が、「それではちょっと……」という人のために、読みどころを簡単に紹介してみましょう。

ミスターX  主人公ネッドが母の死を機に探求する、自分の出生の謎。繰り返し悪夢に現れる殺人鬼の正体。もう一人の「自分」が存在するという、ドッペルゲンガーの謎。それらを語っていく部分は時にミステリ、時にホラー。その一方で、大学をドロップアウトし放浪を続けていた彼の成長物語でもあり、母の入院先で出会ったシングルマザー、ローリーとのロマンスもあり、さらには(ここで紹介するわけにはいきませんが)SF的な要素もあります。ローリーの息子で絶対音感の持ち主の幼いコビーや、ずるくて盗癖まであるのに憎めない三人の大叔母さんたちなど、これまでのストラウブの作品ではあまり表にたつことのなかった、ユーモラスなキャラクターも登場します。さらには、隠し味のように挿入される、ジャズのスタンダード・ナンバーの数々。音楽と無縁な生活をしていた担当編集者は、原稿を読むうちにCDショップに通うようになりました。
 そして、とくに注目していただきたいのは、この小説全体が、20世紀最大の怪奇小説作家、H・P・ラヴクラフトへのオマージュであることです。どんな風にって? それは読んでのお楽しみ。
 あまり書き立てるとかえって興をそいでしまうかもしれませんので、あとはぜひ、書店で本を手にとってみてください。

 なお、御参考までに、この『ミスターX』が受賞した1999年度のブラム・ストーカー賞ですが、長編賞の候補作にはトマス・ハリス『ハンニバル』とスティーヴン・キング『黄色いコートの下衆男たち』(『アトランティスの心』所収)も挙がっていました。また、アンソロジー賞はアル・サラントニオ編〈999〉(『999−妖女たち−』『999−聖金曜日−』『999−狂犬の夏−』に分冊。創元推理文庫)、中編賞は『ボトムズ』の原型となったジョー・R・ランズデール「狂犬の夏」(『999−狂犬の夏−』所収)が受賞しています。

(2002年4月30日)
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