創元推理文庫で読む更科ニッキの探偵譚
『笑ってジグソー、殺してパズル』
『だれもがポオを愛していた』平石貴樹

笑ってジクソー、殺してパズル  随分お待たせ。『笑ってジグソー、殺してパズル』の文庫がいよいよ刊行です。本作で辣腕を揮う探偵は更科丹希(さらしなにき)通称ニッキ、この『ジグソー』が彼女のデビュー作ということになります。『ジグソー』では「さすがニッキの推理は後日あるを思わせる」(ローマ帽子の謎紹介文のパクリ)というところ。既に文庫化されている『だれもがポオを愛していた』で彼女に会っている方もいらっしゃることでしょう。
 2002年4月に全国の書店で開催した【名探偵登場フェア】のラインナップにも加わったニッキですが、活躍譚はあと一冊『スラム・ダンク・マーダー その他』を数えるのみ。生みの作者は東大の教授という多忙な身の上、これもいたしかたないところでしょうか。(余談ながらニッキは平石氏の近著『サロメの夢は血の夢』に顔を出していますが、事件解明には関わっていません。ニッキが登板すると、ああいう展開になりえないからでしょう。)

だれもがポオを愛していた  ニッキの持ち味は、エラリー・クイーンばりのロジック。心理や動機に重きを置かず、証拠や証言に立脚した論理的思考でひたすら推すのです。また、解決編が短いのは物足りないという著者の嗜好を反映して、『ジグソー』も『ポオ』も読み応え充分の(決して無用に長いわけではない)解決編を具えた作品に仕上がっています。名探偵らしく「皆を集めて」のその場面は、是非とも流さず腰を据えて読んでください。
 だったら動機は判らないまま? ということもなく、最後の最後には総てが明らかになりますのでご安心を。

 つまりは、ばりばりの本格ミステリなのです。『ジグソー』と『ポオ』が刊行されたのは1984、85年。綾辻行人氏の『十角館の殺人』が世に出るよりも前ということになります。本格がまだまだ不遇だった頃、異業種の先生が気を吐いていたんですねえ。

 さて、『笑ってジグソー、殺してパズル』の初刊本には高木彬光氏の絶賛帯がついていました。文庫の解説者、村上貴史氏も帯を手掛かりに手を伸ばしたそうです。「これは完全な純粋本格推理小説である」と始まり、「私はこの小説を読んだ時、故坂口安吾氏の『不連続殺人事件』を連想した。この小説の背後関係として描かれているジグソーパズルの全体に及ぼす影響などはその一例であるが、実に見事な構成であり、私の感服おくあたわざるものである」と結ばれています。

 『だれもがポオを愛していた』については、文庫の解説から有栖川有栖氏の言葉を引かせていただきましょう。「新本格前夜の傑作」と題された解説には、「本格ミステリを愛するすべての読者に、強く強くお薦めする。お願いだから読んで、と言いたいほどだ」「網の目のように張りめぐらされたいくつもの伏線がつながり、思いもかけなかった真相が、そうでしかない、と確信できるほどのロジックで暴きだされる。その論証は、『エラリー・クイーンばり』と呼ぶのにふさわしい出来ばえである」などなど想いの丈が縷々綴られ、全文を掲げたくなります。「本編はどうかじっくりと噛み締めるようにお読みいただきたい。話についていくのが難しくなったら、前に戻ってきちんと理解してから進む、という労を厭わないこと。さもないと、作者がせっかく用意した特上の解決編にしびれることができなくなってしまう」との、本格ミステリを読む上での心得も誌されています。『ジグソー』はもちろん、どの本格ミステリを読む場合にもしかり。

 それでは、特上の解決編にしびれてくださいますように。
 私たちのヒロインによろしく。

(2002年5月15日)
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