『パルーン・タウンの殺人』などの著作で知られる松尾由美さんの初期長編、『ブラック・エンジェル』が文庫化されます。これまで入手困難となっていた作品の再刊にあたり、松尾さんに本書への思いをあとがきに綴っていただきました。
去年の秋、某推理小説新人賞のパーティに初めて出席したら、某ミステリファングループの方に声をかけていただきました。
「松尾さんですか。『ブラック・エンジェル』みたいなやつまた書いてください」
1994年というずいぶん以前に出た、それほど大きな評判にもならず、たくさん売れることもなかった本です(97年に雑誌『鳩よ!』が、「売れなかった本」という特集を組んだ時に、この本のことも紹介されていたくらいです)。
それでも、時々、こうした機会に声をかけてくださる方から「面白かった」というお言葉をいただくことのある本でした。
インターネットの掲示板やホームページでも「貴重な絶版本」「古本屋で100円でゲット。ラッキー」などと書かれているのを見かける、ある意味で幸せな本だと思っていました。
その『ブラック・エンジェル』が、冒頭のパーティの晩には思いもよらなかったことですが、今回こうして再刊される運びとなりました。
私の2番目の長編、1冊目がジュニア向けだったので一般向けとしては初めての長編小説になります。
今あらためて読むと、改行が多いなとか、のっけから怪物が出てきたりするとやっぱり読む人は驚くだろうなとか、こんなこと臆面もなく書いちゃって……とか、顔から火が出る部分もあります。けれども、あえて図々しいことを言えば、
「ちょっと変わってるし、青臭いところもあるけど、なかなかいい話じゃない」
というのが、8年近くをへだてた私自身の感想でした。
あとこれは言わずもがなのことかもしれませんが、各章のタイトルは、洋楽ロックの名曲のタイトルにちなんでいます。第一章から順にデヴィッド・ボウイ、ジャニス・ジョプリン、パティ・スミス、ルー・リードの曲です。
最近はオペラなどを聴くことが多く、ロックは以前ほどには聴きません。
年をとって伝統的な芸術に走るという、いかにもありがちなパターンみたいで、ちょっとどうかと思いますけれども、自分が上にあげたような人たちの音楽を大好きだった(今でも!)ことは決して隠さないし、忘れるつもりもありません。
同じように、『ブラック・エンジェル』という少し風変わりな小説を書いたことも、決して隠さず、また忘れるつもりもありません。
ですから、今回の再刊は、私にとっては大きな喜びでした。
どうか、皆様にも、そう思っていただけますように。
●著者略歴:金沢市生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業。1989年『異次元カフェテラス』を刊行し、94年、作品集『バルーン・タウンの殺人』で一躍脚光を浴びる。他の作品に『バルーン・タウンの手品師』『瑠奈子のキッチン』『おせっかい』『マックス・マウスと仲間たち』『銀杏坂』などがある。
(2002年4月15日)
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