創元推理文庫に海外ミステリの
懐かしい名手が続々登場

煙で描いた肖像画 『煙で描いた肖像画』 ビル・S・バリンジャー/矢口誠訳

 『歯と爪』 『赤毛の男の妻』(ともに創元推理文庫)の二粒の真珠で、サスペンスの魔術師の名をほしいままにした名手ビル・S・バリンジャー。本書は交互に語られるふたつの物語が忘れがたい旋律を奏でる名品。植草甚一が早くから高く評価し、1971年には『歯と爪』『消された時間』(後者はハヤカワ・ミステリ文庫)と併せて、“この三作は五〇年代のサスペンス小説として、今や古典の地位を占める傑作である”という緒言のもと、本国アメリカで復刊されたにもかかわらず、これまで完全な形での翻訳紹介がなされたことがありませんでした。小説の魔術師でもあった奇才の本領をご堪能ください。

『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』 ディクスン・カー/岡照雄訳

 王政復古時代の英国を揺るがし、未解決のまま残された治安判事殺害事件――本書の一年前に発表されたドロシー・L・セイヤーズの『学寮祭の夜』(創元推理文庫)でも言及されている現実の事件――の謎に、不可能犯罪の巨匠が挑んだ歴史ミステリの嚆矢。当時の風俗を活写しながら、残された手がかりをもとにカーが推理する事件の真相とは? 後年、ジョゼフィン・テイの『時の娘』(ハヤカワ・ミステリ文庫)や高木彬光の『成吉思汗の秘密』(ハルキ文庫)など多くの作品に影響を与えた歴史的名作、待望の文庫化(国書刊行会で1991年に訳出)です。

家蝿とカナリア 『家蝿とカナリア』 ヘレン・マクロイ/深町眞理子訳

 探偵小説黄金時代以後に現われた鬼才ヘレン・マクロイを、サスペンスの作家と思っている読者は多いでしょう。実際には、好評を博した『ひとりで歩く女』が謎解き+超絶サスペンスの贅沢な仕上がりであったように、謎解きの真骨頂を会得している貴重な書き手のひとりでした。本書は、そんなマクロイの手腕が心ゆくまで味わえる、純然たる本格探偵小説の逸品。見事な伏線、そして、精神分析医ベイジル・ウィリング博士が披露する鮮やかな推理! かつて『家蝿とカナリア』の題名で『別冊宝石91号』に翻訳されたきりになっていた傑作を、新訳決定版でお届けします。

その死者の名は 『その死者の名は』 エリザベス・フェラーズ/中村有希訳

 『猿来たりなば』で謎解き小説好きを瞠目させた英国女流エリザベス・フェラーズ。トビー・ダイクとジョージを探偵役に据えた愛すべき連作の紹介も、これが四作目になりますが、本書はあのでこぼこコンビの初登場作であり、なおかつフェラーズのデビュー長編でもある、重要な作品です。“三つ子の魂、百まで”というとおり、謎解きの妙味はたっぷり。怪しげなジョージの経歴は、はたして明かされるのか……? アントニイ・バークリーのロジャー・シェリンガム物にも通じる、ウィットあふれる探偵小説を、どうかお愉しみください。

捕虜収容所の死 『捕虜収容所の死』 マイケル・ギルバート/石田善彦訳

 あまりにも個性的な作品から翻訳されたばかりに、なんだか変なものを書く不思議な作家というイメージが定着して、以後の紹介が進まなかったマイケル・ギルバートですが、質・量ともに、まぎれもなく英国ミステリ界を代表する作家のひとりです。本書は、第二次世界大戦下イタリアの捕虜収容所からの脱走劇に、密告者捜しと殺害犯人捜しの興味が輻輳する、巧緻な趣向の緊迫編。筋立てからもわかるとおり、謎解き小説好きにも冒険小説好きにもお薦めできる秀逸な物語で、密度の高さは並みのものではありません。幅広い力量をもつ名手の真価を、ぜひともご味読ください。

仮面劇場の殺人 『仮面劇場の殺人』 ディクスン・カー/田口俊樹訳

 被害者は密室内で背中を矢に射抜かれていた。名探偵ギデオン・フェル博士の推理とは……? 巨匠ディクスン・カーは晩年にいたっても、不可能犯罪にこだわりつづけたひとでした。その遊び心と執念には脱帽せざるをえません。本書は原書房から1997年に刊行されたものですが、当時、初めてカーに取り組んだ田口俊樹氏の、新鮮な訳風が話題になったものでした。いよいよ創元推理文庫に登場です。

(2002年4月15日)
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