1970年代後半に、若い女性ばかりを自らの快楽のため殺害しつづけたテッド・バンディ。その犠牲者は判明しているだけで30余名、一説には50名とも、はたまた200名とも言われる。一見エリートの好男子が、実は盗癖を持ち殺人を楽しむ……彼のような殺人者はアメリカ犯罪史上類のないためか、ベストセラーとなったロバート・K・レスラー『FBI心理分析官』で詳しく触れられ、また、彼についての本も数多く出版されている。妙な言い方だが、世界的に有名な犯罪者といってもいいだろう。
それゆえか、彼を思わせるサイコ・キラーを描いた作品は多い。たとえば、トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』に登場するバッファロー・ビルは、さまざまな連続殺人犯の要素を合成したキャラクターだが、ギプスで怪我人を装いながらそのギプスを凶器として使うのは、バンディが実際に用いた手口だ。また、ジョン・サンドフォードの『サディスティック・キラー』の犯人は、快楽殺人の衝動に身を任せるばかりか、警察を相手にしたゲームのように楽しむエリート・ビジネスマンだった。他にも、バンディのイメージを追っていけば、数多くの作品にあたることだろう。
が、本書はイメージだけで留まってはいない。
バンディ本人が登場してしまうのだから。
著者は事実を踏まえながら、もしバンディが蘇ったらどう行動するかをシミュレートしていく。彼が周囲の人々にどう見られているか、そしてなにを考え、どのように殺人への衝動に駆られていくか、犯行後はどのように考え、行動するか。そんな殺人者の姿を、いくつもの視点で語っていく。かつての被害者の遺族、恋人、現在の被害者、その家族、そしてバンディ本人……。その一人ひとりが、生き生きと描かれていく。連続殺人をめぐるサスペンスの背後にある、さまざまなドラマが浮かび上がってくる。実在の犯罪者をキャラクターとして使いながらも、けっして際物にしない骨太な小説を、ぜひお楽しみいただきたい。
マイケル・R・ペリーは、1992年に本書で小説家としてデビュー。やはり現実の犯罪者を登場させた長編が他に1作ある。シナリオライターとしては、「ミレニアム」「アメリカン・ゴシック」「ザ・プラクティス」などTVドラマのミステリやホラーを手がけ、2001年には「NYPDブルー」でエミー賞を、Law & Order SVU: LimitationsでMWA賞(最優秀TVドラマ賞)を受賞している。