ヴィドックの跡をたどる読書の旅

 2002年の正月映画第2弾として予定されているピトフ監督「ヴィドック」は、フランスでは清水の次郎長や鼠小僧のように有名な怪人物を主人公に据えた話題のミステリ映画です。監督とともに脚本を執筆したのが、『クリムゾン・リバー』*のジャン=クリストフ・グランジェ。映像的に『クリムゾン・リバー』を思わせる出来となっています。

 さて、ヴィドックは18世紀から19世紀にかけてその名を轟かせましたが、獄中で犯罪者の様々な情報を警察に密告したり、捜査上の指示を与えたり、という功績が認められ、やがては警察機構の上層部にまで上りつめる、というまさに小説を地でいくような一生を送った伝説的な人物です。こういうことが可能だったのも、この時代、まだ警察組織が確立していなかったこともありますが、ヴィドックその人のキャラクターに拠るところも大だったと思います。
 これだけの人物だっただけに、様々な小説のモデルとして持て囃されました。ヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・バルジャンがそうですし、バルザックは一連の人間喜劇(例えば『ゴリオ爺さん』や『浮かれ女盛衰記』など)の中に登場するヴォートランとして、ヴィドックを彷彿とさせる人物を描いています。現代の日本でも、藤本ひとみの『聖アントニウスの殺人』や笠井潔『群衆の悪魔』といった作品に登場しています。
 いや、そればかりではありません。みなさんよくご存じの、あのフランスの国民的ヒーロー、アルセーヌ・リュパンも、このヴィドック抜きには存在しなかったキャラクターと言えるのです。それが端的にわかるのは『813』ですが、リュパンが探偵役を務める、例えば『怪盗紳士リュパン』『特捜班ヴィクトール』などの作品を読めば、一目瞭然です。さらに、今や『オペラ座の怪人』*の著者としてのほうが有名なガストン・ルルーの名作『黄色い部屋の謎』やその続編『黒衣婦人の香り』にも、色濃くヴィドックの影がさしています。
 フランス・ミステリが英米のものと比べて独特の世界を展開しているのも、煎じ詰めればヴィドックという人物が存在したから、と言えなくもありません。
 この機会に、ヴィドックの跡をたどる読書の旅に出るのも一興では。

「ヴィドック」
監督・脚本 ピトフ
脚本 ジャン=クリストフ・グランジェ
出演 ジェラール・ドパルデュー、ギョーム・カネ、イネス・サストレ他
渋谷東急 他全国松竹東急系にて2002年1月12日ロードショー

(2001年11月30日)
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