〈天藤真推理小説全集〉完結

 寡作ながら、ユーモアと機智に富んだ文章、状況設定の妙と意表を衝く展開を身上とする作品を発表し続けた作家天藤真の推理小説全集が、全巻揃い踏みとなります。

 いったん読み出すと次々に手が伸びる、天藤真のファンにはそういう方々が多いようで、おいそれと手に入らなかった頃の苦労話にも事欠きません。その労を厭わずに読みたいと思った作家、ということでもあるでしょう。今から天藤真にお読みになる方にはそういう苦労をおかけしないで済みそうです。

 天藤真作品とのなれそめは各人各様。〈週刊文春〉誌の「20世紀傑作ミステリーベスト10」国内編第1位のお墨付きを頂戴した『大誘拐』や、アイディアとトリックを駆使した安楽椅子探偵譚の連作集『遠きに目ありて』あたりが定番のようですが、シチュエーション・コメディの名手であるだけに作品のさわりを聞いただけでも食指が動く……といいなあ……というわけで、全冊を駆け足でご紹介しましょう。ご自身の「なれそめ」また「お気に入り」を見つけていただくきっかけになれば幸いです。



遠きに目ありて (1)『遠きに目ありて』

 成城署の真名部警部が岩井信一少年との約束を反故にしたお詫びがてら目下の難事件について話したところ、少年は車椅子に坐ったまま真相を……! 謎解きファンを堪能させずにはおかない連作集。収録作品/多すぎる証人,宙を飛ぶ死,出口のない街,見えない白い手,完全な不在 解説=後藤安彦

陽気な殺人者たち (2)『陽気な容疑者たち』

 金城鉄壁を誇るトーチカさながらの倉に入ったきり、十数時間も音沙汰がない大地主・吉田辰造。案じた皆の衆が鉄条網や濠、二重三重の扉を相手に悪戦苦闘の末、見出した辰造は……?! 第8回江戸川乱歩賞最終候補作。解説=山前譲

(3)『死の内幕』

「困っちゃった、わたし。人を殺したの」そう告白した仲間を庇おうと、架空の犯人をでっち上げた面々。一方、その犯人像そっくりな男が実在し、その男を窮地から救おうと奔走する人々もいて…… 解説=新保博久

鈍い球音 (4)『鈍い球音』

 万年最下位のプロ球団「東京ヒーローズ」をリーグ優勝に導いた監督が、衆人環視の東京タワー展望台から忽然と消えた。折しも日本シリーズ開幕直前。監督の行方、そしてゲームの勝敗は如何に? 解説=倉知淳

(5)『皆殺しパーティ』

 地方都市のドン吉川太平の殺害予告に始まる死屍累々の大事件。やましいことだらけの前歴とあって容疑者は数知れず……しかし実際の殺人者は思いも寄らぬところからやって来た! 解説=辻真先

(6)『殺しへの招待』

 わたしは夫であるあなたを殺します――五人の男に届いた妻からの予告状。本命はその中のただ一人だという。「自分ではない」と断言できない夫たちは戦々兢々として対策を練るが…… 解説=若竹七海

炎の背景 (7)『炎の背景』

 新宿から拉致され那須の山荘に閉じ込められた二人は、見知らぬ男の死体までしょいこむ破目に。突如爆発した山荘を命からがら脱出した後も、訳のわからないまま波瀾万丈の逃避行は続く。解説=新井素子

(8)『死角に消えた殺人者』

 崖から転落し海中に没した新車の中には四人の死者が。現場の状況から謀殺と判断されるも、被害者間の交友関係は浮かんでこない。捜査は難航、遺族が真相究明に乗り出して…… 解説=亜駆良人

大誘拐 (9)『大誘拐』

 刑務所で知り合った三人が誘拐団を結成、紀州随一の大富豪・柳川家の当主を狙う。破格ずくめの展開が無上の爽快感を呼ぶ、捧腹絶倒の大誘拐劇。第32回日本推理作家協会賞受賞作。解説=吉野仁

(10)『善人たちの夜』

 危篤の父親を安心させるため、数日間嫁の役を演じてくれないか――報酬に釣られて奇妙な頼みを引き受けた森井みどり。本来の恋人ともども現地入りしたところが…… 解説=中島河太郎

(11)『わが師はサタン』

 金城学園の騒動が殺人事件に発展。渦中の学生たちは、警察に言えない事情を抱えて真犯人捜しに奔走する。鷹見緋沙子名義で発表された作品のうち天藤真の手になる、長編表題作と短編「覆面レクイエム」を収録。解説=新保博久

親友記 (12)『親友記』

 会社帰りの電車で思いも寄らない再会を果たした二人が織り成す、少々雲行きの怪しい友情の行く末を軽妙に描く表題作など9編。収録作品/親友記,塔の家の三人の女,なんとなんと,犯罪講師,鷹と鳶,夫婦悪日,穴物語,声は死と共に,誓いの週末 解説=日下三蔵

(13)『星を拾う男たち』

 二階の窓から落ちてきたのは、拾ったところで一銭にもならない人間の死体! 早朝のとんでもない収穫にまつわる騒動記など11編。収録作品/天然色アリバイ,共謀者,目撃者,誘拐者,白い火のゆくえ,極楽案内,星を拾う男たち,日本KKK始末,密告者,重ねて四つ,三匹の虻 解説=佳多山大地

われら殺人者 (14)『われら殺人者』

 理由は違えど心は一つ、にっくき男の殺害期成同盟を結んだ四人は連判状までこしらえて決行の日に備えるが……表題作など11編。収録作品/夜は三たび死の時を鳴らす,金瓶梅殺人事件,白昼の恐怖,幻の呼ぶ声,完全なる離婚,恐怖の山荘,袋小路,われら殺人者,真説・赤城山,崖下の家,悪徳の果て 解説=細谷正充

(15)『雲の中の証人』

 弁護士事務所に出向を命じられた探偵社の「私」が勝ち味の薄い難件に直面、低予算と人員不足にあえぎ苦戦を強いられる表題作など9編。収録作品/逢う時は死人,公平について,雲の中の証人,赤い鴉,私が殺した私,あたしと真夏とスパイ,或る殺人,鉄段,めだかの還る日 解説=横井司

背が高くて東大出 (16)『背が高くて東大出』

 理想の彼氏とゴールインしたわたしを待っていたのは、泣きの涙の結婚生活。破局を招いた台風迫る山荘の一夜……表題作など10編。収録作品/背が高くて東大出,父子像,背面の悪魔,女子高生事件,死の色は紅,日曜日は殺しの日,三枚の千円札,死神はコーナーに待つ,札吹雪,誰が為に鐘は鳴る 解説=鷹城宏

(17)『犯罪は二人で』

 久しく鳴りを潜めていた怪盗が恋女房を片腕に復活を期す。めでたい再デビュー当日、侵入した金満家邸で絶体絶命……表題作など12編。収録作品/運食い野郎,推理クラブ殺人事件,隠すよりなお顕れる,絶命詞,のりうつる,犯罪は二人で,一人より二人がよい,闇の金が呼ぶ,純情な蠍,採点委員,七人美登利,飼われた殺意 解説=末國善己

(2001年9月15日)
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