ロバート・ブロックの名作
『サイコ』再映画化!

 名作『サイコ』のリメイクをするなんて、ガス・ヴァン・サントは何を考えているのか。それも、音楽から脚本、カット割りまでオリジナルのまま作ることに、何の意味があるのか……そんな批判の声が聞かれたこの新版『サイコ』を試写で見てきました。
 私事ですが、筆者はヒッチコックが死んだときに初めてその名を知り、『サイコ』を見たのもテレビの洋画劇場で追悼企画として放送されたときが最初。だから、オリジナルへの思いはあっても、こだわるほどヒッチコックを知ってはいないわけで、複雑な思いでスクリーンに臨んだのですが、正直な感想は「面白い!」の一言でした。

 もちろん、映画そのものの面白さは、オリジナルと同一の脚本やカット割りにあることは承知の上。本当によくできています。が、それに加えて面白かったのは、精密にオリジナルをなぞっているぶん、違うものに見えてくること。スタッフもキャストも違うわけですから当然といえば当然ですが、それがヴァン・サントの意図したことなのでしょう。多くのリメイク映画が、大幅なアレンジをした結果「オリジナルの方がよかった」という感想しか持てないことに比べると、はるかに新鮮に感じられました。このような形でリメイクすることは、かえって冒険的なのかもしれません。
 ただ、若手バイ・プレイヤーで固めたようなキャストには、評価が別れるところでしょう。前半はマリオン・クレイン役のアン・ヘッシュ(ちょっとレプリカントみたいな美形)の存在感が大きいぶん、彼女が殺されてからは、ヴィンス・ヴォーン一人で持たせているような印象……というのは、少々意地の悪い見方でしょうか。なお、彼の演じる筋肉質で好男子のノーマン・ベイツは、原作ともアンソニー・パーキンスとも違う「あぶなさ」があり、なかなかいい味を出していました。あとは、アーボガスト探偵や保安官といった、老け役の俳優たちが要所をおさえているようでした。
 印象的なのは、有名なシャワールームのシーン。殺人行為を直接見せないのはオリジナルそのままですが、新版はカラーなぶん血の色が生々しく、また、ヒッチコックがはっきりとは画面に出さなかった死体を、無造作に見せてしまいます。アン・ヘッシュがどれほどの美女でも、バスルームにゴロリと転がるさまは肢体というより物体。
「あ、死んでる」
としか感じられず、かえって恐さが鈍ったような気もします。「血」や「死体」といった、かつては見せることがタブーだったものにたいして、見る側の感覚が鈍くなってしまったのかもしれません。

 しかし、あえてリメイクした意義は、大いに感じられました。「父はつねに観客に向けて映画を作っていました。批評家のためでも、自分自身のためでもありません」(技術顧問として参加したパトリシア・ヒッチコック・オコンネルのコメント)
 この映画でヴァン・サントがいちばん伝えたかったのは、ヒッチコックという一映画人の、この心意気なのかもしれません。
 オリジナルと比べた批判は多いかもしれません。でも、ヒッチコック・ファンも、ヒッチコックを知らない人も、ぜひ一度は見てみてください。「映画ってどうして面白いんだろう」という問いかけに、ひとつ大きなヒントを与えてくれる作品です。

(1999年7月23日)
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