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2008年10月

1981年の暗黒のポートレイト
【桜庭一樹写真日記◎1981年の暗黒のポートレイト】 イケとか王子とかじゃなくて、男の子が「かっこいい」ってこういうことじゃないか、と息を飲んだ次第であります。(桜庭撮影)

タモリ「はっきり言えば、笑いは男にしかわからないですよ」

山口百恵「いつも戦場に立たされている人間はどこかに安らぎを求める。誰かに何となくもたれかかったまま眠っちゃいたい、そういう欲求しか残らない」

キース・リチャーズ「ミックはいろいろな人格の混合物なんだ。いまだにその全部と折り合いをつけようとしている」

高見山大五郎「日本人がぼくを尊敬してくれたのは、ぼくがほとんど超人的な努力をしたからだと思う」

森鴎外「社会のことは、文学の上に、影のようにあらわれる」

――「PLAYBOY日本版・終刊前号」

 10月某日

 本日、インタビューデー。講談社のビル(巨大。六本木ヒルズみたい……)へ。まず入口がわからない……。たまたまいた知らないダンディな男の人(誰だ)に入り方を聞く。すごくおどろかれる。あぁ、正面玄関を発見。
 先週『読書日記』のインタビューの日があったけど、今日は『ファミリーポートレイト』関係が多くて、内容ががらっと変わったのでなんとなく最初、混乱する。
 1件目で、カメラマン氏に「こっち見てほくそ笑んでください〜」と言われて、うっと詰まる。しかしつぎのインタビューでその話をすると「えっ、じゃあせっかくだからうちでもほくそ笑んでください〜」と言われ、なにかこう、自分なりに一日、ほくそ笑み続ける。
 2件目で、なんでだったか古処誠二さんの話になった。わたしは古処さんの小説がすごく好きなんだけど、頭の中でいつも勝手にSFにして読んでるのだ。神林長平とか、大好きな酒見賢一の『聖母の部隊』(ハルキ文庫)と同じ引き出しに勝手に入れている。SF小説の中で、未来の、遠い星の戦争として描かれる、わたしたちの悲しみ。古処さんの描く過去にもそれがあると勝手に思って、大好きなんだけれど、そんなふうに読むのは罪なのだろうか……?
 円城塔さんや『虐殺器官』(伊藤計劃/早川書房)とかと一緒にあったら、若い人がもっと読まないかなぁ、とか考えてたけど、誰ともその話をしたことがなかったので、したら、おぉ、なるほど、と言われたのでほっとした。そうへんな読み方じゃなかったかもしれない。どうだろう……。
 とかなんとか言ってるうちに、夕方。インタビューは4件目。〈小説現代〉なのでK村女史がライターさんとカメラマン氏を従えて颯爽とやってくる。作家のほうは残念ながらだいぶトリップしていて、後半、「この話、しましたっけ? あぁ、さっきしましたね」「いや、してません」を繰りかえした挙げ句、

桜庭「この話、こないだメールでしましたっけ?」
K村「エッ。うーん、してないし、わたし宛のメールは読者さん読めないんで、どっちにしろ話してください」
桜庭「うわー、そりゃそうだ……」
 作家がこんなこと言いだす。
 でも最終的に、1件目から聞いてた単行本担当I本女史が「4件目にしてついに完全版でしたよ〜。一時間の持ち時間で全部のネタをもらさずしゃべってました」と言うので、ヨシとする。かなり、くったり……。部長のK兼氏(新婚)も加わって四人でご飯を食べに行く。ものすっごく飲む。I本女史がわたしに、
I本「向日葵の種を偏執的に集めて研究してるような男の人と結婚してください」
 と言ったのだけよく覚えてるけど、前後を忘れちゃってなんのことだかわからない。
 夜中に帰宅。ばったり。お酒が冷めるのを待って、風呂に入る。風呂にて、ちょっと前に読んだサンドウィッチマンの自伝『敗者復活』(幻冬舎)を、気に入ったシーンだけページを折ってあるのでそこだけ、ダイジェスト版を見るようにぱらりらする。いちばん好きなのは202ページ! M−1の敗者復活の現場、大井競馬場から、決勝が行われているテレビ朝日に移動して、ファイナリストの集まる部屋へ。“手で触れることができそうなほど”みなぎっている緊張感。

 親の死に目にでもあったような顔をしている人もいたし、全身から見えない棘が立っているような人もいた。どういうわけか、あれだけ人がいるのに、テーブル上の灰皿のタバコのケムリがまったく揺れてなかった。空気が、濃密に凝縮されているのだ。

 ペキンパーの映画の、銃撃戦が始まる直前みたいな乾いた空気。男の子たちが“生きてる”瞬間。やっぱりこのシーンいいな、と思いながら風呂から出てくる。
 勝者とは何か。
 敗者復活を遂げて失ったものは「楽しよう」とする気持ちで、得たものは「覚悟」だ。
 と、結論があって、本は終わる。
 まったく。ノンフィクションの中に咲く“物語”ってやつは……(と、頭抱える……)。
 そういやM−1と直木賞って時期が近かったんだな、もう遠いな……と思いながら、時計を見ると、きゃーっ、明け方。でも読み足りなくて、買っておいた〈PLAYBOY日本版・終刊前号〉を開く。
 最近、雑誌の終刊が続いている。これもつぎの号で終わっちゃうので、これまでの傑作インタビューをまとめて載せてるページがあって、面白い。あと、いろんな作家の小説が載ってたのがわかって、雑誌と作家が競いあう関係の時代があったんだなぁ、としみじみ読む。
 1981年に撮影されたタモリのモノクロームのポートレイトに、あっと息を飲み、見惚れる。なんというアンダーグラウンド。すっげぇかっこいい黒。
 眠くない。
 まだ寝たくない。読みたい読みたい読みたい。
 青白い朝が明けてくる。朝に追いつかれる! 長編を書き終わって以来、飢えみたいな状態が続いてて、フィクションを摂取してもしてもどこか虚空に吸いこまれていってぜんぜん足りない……。苦しい。寝たくない、寝たくない、と枕元の本を眺めつつ、うつ伏せに倒れて、幕切れみたいに、ガシャッと音を立てて目を閉じた。

(2008年11月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『少女七竈(ななかまど)と七人の可愛そうな大人』『青年のための読書クラブ』『荒野』、エッセイ集『桜庭一樹読書日記』など多数。最新刊はweb読書日記第2弾『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』
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