東京創元社60周年

 

わたしと東京創元社  大森 望(翻訳家)

 

空飛ぶ馬

 生まれて初めて買った創元推理文庫は『クリスチィ短編全集1』。たぶん一九七一年、小学五年生のときだった。生まれて初めて買った文庫本が星新一『ボッコちゃん』(新潮文庫)で、二番めがこれですね。その十二年後、新潮文庫編集部で働きはじめ、さらにその三年後、創元推理文庫から最初の訳書を出したわけで、小学生時代にすでに人生のコースがだいたい決まっていたのかも……。

 

 クリスティは、小学校のPTA文庫にあった『アクロイド殺害事件』を読んで、こんなのありかと仰天し、『オリエント急行の殺人』『そして誰もいなくなった』と図書館で借りて読み、そのあと新刊書店で見つけて買ったのが『短編全集1』。当時は黄金時代の本格ミステリにハマってたんですが、この短編集では、原書表題作の「死の猟犬」に絶大なインパクトを受けた記憶がある(が、いま読み返しても理由がよくわからない)。

 

 最初はおじさんマーク中心に読んでたのが、だんだんSFマークにシフトし、中学からは高知の古本屋で買い集めた。ブラウン『天使と宇宙船』を筆頭に、『ウィリアム・テン短編集』、ウィンダム『時間の種』、ヴァン・ヴォークト『終点:大宇宙!』、ラッセル『宇宙のウィリーズ』、バラード『時の声』など、なぜか短編集の印象が強い。そして、立派なSFマニアになるにあたって決定的な影響を受けたのが、ジュディス・メリル編『年刊SF傑作選』全七巻。SF人生に必要な知恵はみんなメリルで学んだ――とまでは言いませんが、僕のSF観のかなりの部分はメリルでできている。それから三十年余を経て、同じ創元で『年刊日本SF傑作選』を編めることになったのはSF者冥利(みょうり)に尽きると言うべきか。前述の通り、SF翻訳者としても創元デビューで、ハインライン『ラモックス』、ディック『ザップ・ガン』、ベイリー『時間衝突』など、八六年から九三年にかけて十四冊の訳書を創元から出していただいた。けだし、僕にとって創元は第二の故郷なのである。

 


■大森 望(おおもり・のぞみ)
1961年高知県生まれ。京都大学卒。2014年に編著〈NOVA 書き下ろし日本SFコレクション〉シリーズで第34回日本SF大賞特別賞を受賞。主な著書に『現代SF1500冊(乱闘編・回天編)』『21世紀SF1000』〈文学賞メッタ斬り!〉シリーズ(豊崎由美と共著)、訳書はウィリス『空襲警報』、ベイリー『時間衝突』他多数。最新の編著に『バベル 書き下ろし日本SFコレクション』がある。