既刊千数百点に及ぶ、創元推理文庫の中からわずか5作品を選べというのは、無理難題のきわみである。50作なら、さして苦労もせずに選び出せるのだが、そこから一割に絞るとなると、まさに至難のわざといわなければならない。ここは一つ肚を決めて、だれもが挙げそうな定番をあえてはずし、珠玉の隠れた名作を中心に選ぶことにする。したがって、ハメットにもチャンドラーにも、そしてロス・マクにも今回は、遠慮してもらう。
1.蘭の肉体 わたしは、人も知るハドリー・チェイス・フリークだが、中でもこの作品は出色のスリラーである。ここに出てくる、兄弟の殺し屋の恐ろしさを見よ! チェイスは、どの作品を読んでも失望することのない、真のプロフェッショナルだ。
2.最悪のとき 『裏切りの日日』に始まる、わたしの警察小説の原点はW・P・マッギヴァーンにある、といっても過言ではない。
ハードボイルドの底に、ほどよく流れるセンチメンタリズムは、その後のネオ・ハードボイルドにはないものだ。
3.ハンマーを持つ人狼 これも警察小説の佳作。ひところ人気のあった、ドロシー・ユーナックの女刑事クリスティ・オパラよりも、一足先に生まれた女刑事ものである。シリーズ作品でないのが残念だが、ホイット・マスタスンの代表作の一つといってよい。
4.コルト拳銃の謎 フランク・グルーバーは、西部小説の雄としても知られるが、この作品はその風情を今に伝える珍品。主人公のジョニー・フレッチャー、サム・クラッグの二人のやりとりは抱腹絶倒、推理小説史上まれにみる凸凹コンビである。
5.深夜特捜隊 デビッド・グーディスは、F・トリュフォー監督の『ピアニストを撃て』の原作者としても、よく知られる。本作は、警察小説の系統に属する歯切れのいい佳作で、マッギヴァーンの諸作とも一脈通じる味を持っている。
以上、中には長い間版の途絶えたものもあるが、ぜひご一読いただきたい。わたしの作品がお好きな読者なら、きっと楽しんでいただけるに違いない、と確信している。
(1999/4/1)
|