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2009年2月

 寺山が報知新聞に永い間連載していた、馬券予想コラム「風の吹くまま」にしても、フィクションをからめながら予想を展開していた。トルコの桃ちゃん、スシ屋の政という架空の個性的な人間を登場させ、まるで実在の人間のように活き活きとした会話を交じわせた。
「週刊朝日なんだけどね。トルコの桃ちゃんとスシ屋の政をゲストに呼んで、座談会をやってくれって言うんだよね。俺の作った人間と、座談会なんか出来る訳ないよね」
 ある時、寺山は得意そうに言った。

――『寺山修司入門』

2月某日

 ぱらりらぱらりら……。
 と、缶詰生活が続いている。
 毎日、仕事場に通っては原稿を書いている。打ち合わせをなるべく入れないようにしているけれど、急ぎの話はちょこちょこ入ってくる。
 夕方、執筆を終えてからてろてろと歩いて近所の喫茶店『カフェ ユイット』に向かった。去年、「トップランナー」でお世話になったNHKのディレクターさん(その後、文春の紋別君と仲よしになったらしい)が、「パフォー!」という番組に異動になったらしくて、そのことでちょっと打ち合わせがあったのだ。
 わたしは缶詰中で、くっしゃくしゃ。ディレクター氏(そういえばあだ名が「イケメン」だった!)も徹夜続きでヘロヘロである。
 打ち合わせを終えて、雑談(大好きな三池崇史監督の話)をしていたら、

イケメン氏「それでですね、吉川晃司が織田裕二の役で出てるんですよ」
わたし「えぇぇぇー!」
イケメン「いや、ほんとです」
わたし「『天地人』にー!?」
イケメン「ほんとですってば。なんでぼくを疑うんですか。あぁっ、まちがえた。織田信長でした。いや、寝てないもんで……」

 吉川晃司が織田裕二の物まねをやっているところを想像してみたところ、なぜだか、予想外なほどあったかい気持ちになる。ハートはあったか、しかし目はしょぼしょぼさせたまま、喫茶店を出る。
 『カフェ ユイット』は「TOPS HOUSE」の八階にあるブックカフェで、穴場なので打ち合わせでよく使っていたけれど、ビルごとなくなってしまうらしい。中にある小劇場「シアタートップス」で上演中の「愛の渦」という劇のチラシを指差して、ディレクター氏が「これお勧めですよ〜」という。ほぉ〜。頭の中に手書きでメモする。あいのうず。
 帰宅して、こたつに潜って、回復のためにひたすら本を読んだ。缶詰に入ってから、一日二、三冊ずつ読み続けている。それぐらい読まないと追いつかないぐらい原稿が走ってる(文字通り、ハイウェイをぱらりらと爆走中だ……)。『トップ屋魂 週刊誌スクープはこうして生まれる!』(大下英治/KKベストセラーズ)を読んだら、ターボがかかって『女優山口百恵』(四方田犬彦編/ワイズ出版)に進んで、そこから、山口百恵の主演映画の原作『霧の旗』(松本清張/新潮文庫)に転がりこんで……と、微妙につながりながら、好きな方向に流れている。
 それにしても、小説を書くのが好きだな、と思う。読むのも。美人にも、朗らかにも、社交界の花形(ってどんな人?)にも生まれなかったけど、こんなふうに生きていけて幸せだ。
 夜更け、積み本の中から『寺山修司入門』(北川登園/春日文庫)を引っ張りだしてきて風呂に持ちこんだ。演劇、短歌、文章、いろんなことをやって転げまわってた人だけど、それってもしかすると、寺山修司、という虚構の世界が強いから、あえていろんなジャンルに散らばらないと自己模倣になってしまうからかなぁ、とか、考える。『百年の孤独』も好きだけど『さらば箱舟』も好きだな。昔、脚本集を大事に持ってたような記憶があるんだけどあれはどこに行っちゃったんだろう……。
 風呂から出ても読んでいると、通りかかった夫が覗きこんで「まず、この本を買うところが、すごい」と静かに褒めてくれる。数秒たって、顔を上げ、夫の後ろ姿を見ながらゆっくりと首をかしげる。どうして褒められたのかわからない。わたしは陰気な本の虫なんだぜ……。
 虫は明日も本を書くのだ。寝なくちゃ。
 カシャッと目を閉じた。



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