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2009年1月
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学校ってね、生きてるこどもだけじゃなくて死んだこどもも守るようにできてるんだよ。
――『綺譚集』
相変わらず、身辺がばたばたしてる……。ふぅ。
仕事場を借りようということになって、締切の合間に不動産屋さんを回る。と、その件でなぜか角川の担当K子女史が丑三つ時、悪夢の迷宮を彷徨う。曰く、
K子「夢の中に桜庭さんが出てきて……うぅ……」
桜庭「げっ? す、すみません、安眠中に、とんだことで」
K子「エジプトの神殿みたいな新居にいて、神殿の隅のへんなボコボコした隙間を指差して『ここも本棚にしますから』と文庫本を無理やり押しこんでいて……うぅ……」
桜庭「すみません、へんなところに文庫本をぎゅうぎゅう押しこんで……。でもエジプトの神殿って……?」
『王家の紋章』(細川智栄子/秋田書店)みたいな感じだろうか?
そんなへんな部屋、借りるわけないのに! と思いつつ、快適な普通の部屋を探して不動産屋回りを続ける。
この日、見た部屋にはなんと、金の猫足がついた真っ黒な湯船があって、ゴシック趣味が炸裂する黒タイルのバスルームにうっとりした。が、同行した女の不動産屋さん二人が、口々に「こんなものまったく現実的じゃない!」「使いづらい!」「トイレットペーパーやタオルを収納する場所もないし固定シャワー(色はシャチホコを髣髴とさせる凄まじい黄金)ではからだも洗いにくい!」とボロカスに言うので、シュンとする。二人は初対面(一人はわたしが入った不動産屋さん、もう一人はその部屋の管理会社の人)なのにぴったり息が合っていて、さすがに、宅地建物取引の資格試験を通ってしっかり働いている女性は、地に足が着いてるのだ、と思う(でも、自分が管理してる物件なのにそこまでボロカスに……?)。昨夜、K子女史が魘されたというエジプト神殿の悪夢は、あながち的外れじゃなかったかもしれない……。うぅー、気をつけて部屋を探そう!
夜もずっとばたばたしてて、お風呂に入ってようやく本を読んだ。出てきて、時計を見たらもう二時近いので寝ようと思って、なんとなく、積んであった文庫本『綺譚集』(津原泰水/創元推理文庫)を開いたら、のっけから凄いので夢中で読みだしてしまった。短編集だから途中までにして寝よう、と思うのだけど、どっこい、本がそうさせない。
短編ごとに、文体が二十面相のように変わる。死と退廃の色鮮やかな腐臭! 中でも、死んだ女子小学生が海に去っていく、文庫でわずか8ページのショートショート「アクアポリス」がすごーい。寒気がしてくる。
こういう小説はすごーいな。きっとちょっと狂わないと書けないだろう。それってすこしだけ首を絞めてみるようなものだろうな……。書くために絞めるのだろうけれど、でも絞めすぎたら死んじゃう。
夜の観覧車で、見知らぬ女の子とした約束のせいで神になる少年を描いた「約束」の、最後二行でゾーッとして、これって、あ、そうだ、岸田今日子さんの短編集を読んだときと似てるな、と考える。結局、最後まで読んでしまって、解説やらに目を通していたら、5年前に集英社から出た単行本を創元で文庫化したものらしい、とわかる。
ん?
……あれ?
あれれれれ……。
そういや、年末にK島氏が、「こんどF嬢が津原さんの集英社の本を文庫化するんですよ」とうれしそうにキャッキャとしゃべってたような気がする。もしかしてこれかな? それを記憶してて、無意識にこの本を手に取っちゃったのかな? なんだー、またすぐそばに犯編集者がいたのかー……。やられたぞ、となぜか悔しく、時計を見たらもう四時近いしちぇっなんだよーちぇっと思いながら布団にもぐって色鮮やかな綺譚の悪夢を覚悟しつつ、寝た。
(あと、書こうとしてたことがあったんだけど、整理がつかずに締切がきちゃったので、やっぱり来月書きます……)
(2009年2月) |
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■ 桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『青年のための読書クラブ』『荒野』、エッセイ集『桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』など多数。最新刊は『ファミリーポートレイト』。
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