今春、一身上の都合によりリタイアしましたが、長いこと書店で働いていました。仕事の話をすると、本屋好き(そして本好き)の友人がそれはそれは喜んでくれました。私にとってはありきたりの日常ですが、聞く人が聞くと面白いらしい。ちょっとしたエピソードに目を輝かせ、驚いたり吹き出したりするのを見て、どうせなら、お話にしてみようかと思い立ちました。もうひとつ。どうせなら、ミステリ仕立てがいいな、と。
そんな出発点から始めたのが、成風堂事件メモのシリーズです。本屋の裏話や仕事の内容を盛りこみつつ、一本ずつ楽しんで書きました。
「パンダは囁く」
本屋の重要な仕事のひとつに、お客さんからの問い合わせに応える、というのがあります。お客さんの欲しがっている本をただちにご用意する。当たり前の、非常に単純明快な業務なのですが、これがもう、やってみると奥が深くって、名探偵顔負けの推理力が必要なのかもしれません。
「標野にて。君が袖振る」
毎週、あるいは毎月刊行される雑誌を、定期購読しているお客さんがいらっしゃいます。たびたび来店されるので、すっかり顔なじみ。挨拶以外の会話が弾むこともしばしば。そんな常連さんがもしも失踪してしまったら。しかも手がかりが購入した本にあるとしたら。どうしよう。どうなっているの〜。という話に、ロングセラーのコミックを絡めました。
「配達あかずきん」
本屋の配達先といえば、美容院、床屋、銀行、喫茶店。毎度ありがとうございます。前に美容院で髪を切ってもらっていたら、同僚が本を抱えて「おはようございます」とあらわれ、ちょっと照れくさかったです。
よかったね、今日は雨じゃなくて。そうアイコンタクトしたかったけど、向こうは仕事中で、こちらは髪が変形中。気づいてもらえませんでした。
「六冊目のメッセージ」
店頭でお客さんに頼まれて本を選ぶのは、至福のひとときです。あれもこれも薦めたくなり、紹介しているだけで顔が緩み、たいてい相手も微笑んでくれるので、まるで両想いのカップルのように、和気藹々と盛りあがります。
けれども、お見舞い用の本となると、がぜん難易度がアップ。受けとる相手の嗜好は読みにくく、病状もさまざまで、暗くて重い内容はNG。少しでも慰めになるよう、気が紛れるよう、選んだあの本はいかがでしたでしょうか。
「ディスプレイ・リプレイ」
出版社が販促活動の一環として催すディスプレイコンテスト。結果報告のチラシを見るたびに、いつも感嘆のため息です。豪華な賞品にもため息です。
その昔、女性誌の販売コンテストには入賞したことがあります。エルメスではないけれど、バッグをいただきました。職場の忘年会で行われる「年末恒例くじ引き大会」の景品にされてしまいましたが。(そして外れてゲットできず)
コンテストに入賞するような素晴らしいディスプレイを、一度は生で見たいものです。
以上、五つの話を書きまして、本屋ファンの方に読んでいただきたいのはもちろんのこと、日夜、本相手……あるいはお客さん相手に善戦してらっしゃる書店員の皆さまにも、楽しんでいただけたらと、願わずにいられません。ささやかではありますが、心からのエールを送らせてください。
巻末で座談会にご参加くださった諸先輩方にも、ここで厚く御礼申し上げます。思わず引きこまれるリアルなトークに、それこそ興味津々、読みふけってしまいました。
(2006年5月)