本書『幻詩狩り』は、1977年12月、《奇想天外》誌(復刊21号)に発表した「指の冬」という中篇(総合SF研究会アンビヴァレンス発行のインデックスによれば、400字詰め原稿用紙69枚)を原型としている。
何かの調べ物で、シュルレアリスト名鑑をぱらぱらとめくっていて、やたらと自殺者が多いことに気付いたのが、執筆のきっかけとなった。それら自殺の原因を、なんらかの虚構によって繋ぎ合わせることはできないかと考えてみたのである。結果、思い浮かんだのが麻薬的効果を持つ文字列……“幻詩”であった。
同時に、どうしても書いてみたい一シーンがあった。それが、「指の冬」の冒頭部分であり、本書第1章の「異界」に転用された部分である。
筆者は、昔から、シュルレアリスム……いわゆる超現実主義に興味を抱いてきた。恐らくは、そのアメリカ的表現が、20年代、30年代のパルプ的サイエンス・フィクションであろうと考えるのだが、それは、また、別な話。
ともあれ、この運動に関わった人物の中で、筆者は、親玉格とされるアンドレ・ブルトンの尊大さに、いささかの反感を覚えていた。そこで、そんなブルトンに、寒いパリのカフェで待ちぼうけを食わせてやろうという密かな企みが、実は、前記場面に込められているのである。
そうやって書き上がった「指の冬」は、1940年代の地球と、およそ100年後の火星を結んで展開する、その意味ではシンプルな空想物語だった。
これを、まったく別種の、現実的(と言っても、主に1980年代における“現実”だが)設定に組み込み、それなりの仕掛けを施して長篇化したのが、本書『幻詩狩り』である。
初版は1984年、中央公論社からC★NOVELSの1冊として刊行された。序章「狩人」の描写は、ある程度、ノベルス的タッチを意識したもの。今回、読み直しつつ、赤面、汗顔を繰り返した。
また、執筆以来流れた4半世紀近い年月は、作品随所に、さまざまな問題を生じさせている。が、あえて、そのほとんどに手を加えなかった。
インターネットも、ケータイも……それどころか、パソコン(まだ、マイコンと呼ばれていたはず)の普及も想像できなかった時代。当然、「指の冬」も、そして『幻詩狩り』も、原稿用紙に万年筆で書き下ろされた作品である。
ただ、そうした社会変化に関わらず変わっていないものがあるとしたら、それは、言葉の反在性。ありえざる幻詩の世界に、しばし彷徨い遊んでもらえれば幸いである。
(2007年5月)