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酔読三昧
【第14回】
懐かしいなあ。『10月はたそがれの国』かあ。
ブラッドベリは幻想と郷愁に彩られた短編の名手でもある。
萩原 香

 料理が得意である。シチューとカレーが得意である。それだけ。が、料理が得意と言って過言ではあるまい。さらには食器洗いも得意である(水遊びが好きだ)。洗濯もできる(洗濯機のスイッチが押せる)掃除もできる(掃除機のスイッチが)亀のブリーダーだってできる(と思う)。おまけに酒ならなんでもこいだ。自立した男である。

 だいじょうぶだろうか。

 それはそうと、不食のすすめ、というのがあるそうだという話を友人から聞いた。人間は何も食べなくともずっと生きていられるということらしい。実証例もあるとか。そうなのかあ便利な時代になったものだなあ。ではなくて、眉唾ものだなあ自分が死んでいることに気がついていないだけではないのか。

 ちなみに私は1日1食半だ。坐り仕事がほとんどなのと食べるのがめんどくさいのと酒さえあれば満足なのとで別に不自由なく生きている(はず)。思い起こせば平安時代、1日2食だったというではないか。だいたい1日3食なんて贅沢だ飽食だいくら食べたってあとは○○○になって出るだけではないか。失礼。

 食事といえば、うちの亀がいきなり餌を食べはじめた。毎年のことだが、だいたい秋から翌年の春までまったく食べなくなる。はじめのうちは心配で、真冬なぞ水槽の底に沈んでいるのを死んだのではないかとつついたりもしてみた。と、ばたばた暴れる元気ではないか。よかったあ。これなら餌代が浮くと喜んだしだい。

 半年食べまくって半年不食。どういうつもりだ。いいのかそれで生きていられるのか。そういえば熊は冬眠中でも筋力が衰えないそうだ。人間ひと月も寝たきりならまともに歩けなくなる。代謝機能に秘密があるのか。四六時中喰ってばかりいる人間のほうがおかしいのか壊れてい るのか。生物の不思議、進化の謎。

 進化といえば、映画『サウンド・オブ・サンダー』(2005)ではタイムトラベルで恐竜時代に干渉したため未来(つまり現在)の人類が破滅しそうになる。〈進化の波〉というやつが押し寄せてきて大パニックになるのだ。原作はSF界の叙情詩人レイ・ブラッドベリの「雷のとどろくような声」『ウは宇宙船のウ』)。

 映画の出来はまあそこそこ。原作にとってはちと可哀想かな。なんせ監督がピーター・ハイアムズだもんな。『レリック』(1997)だもんなあ。あ、トンデモ本的『カプリコン・1』(1977)やら西部劇風『アウトランド』(1981)やらミレニアム記念『エンド・オブ・デイズ』(1999)はまだましだったか。

 しかし懐かしいなあ。『10月はたそがれの国』かあ。ブラッドベリは幻想と郷愁に彩られた短編の名手でもある。O・ヘンリー賞を何度か受賞しているそうな。そしてO・ヘンリーとくれば「賢者の贈りもの」「最後の一葉」『O・ヘンリ短編集』)。古き良きアメリカは人間の善意を描いて右に出るものなし。

 フランク・キャプラ監督の『スミス都へ行く』(1939)もそうだったな。(アメリカの)ヒューマニズムと正義と民主主義が信じられた時代。ジミー・スチュアート演じる新米議員がたった1人で腐敗政治を正してしまうなんて映画、もう作れんだろう。

 短編の名手ならサキもいるなあ(『ザ・ベスト・オブ・サキ』)。思いっきり底意地の悪いユーモアとサタイアが身上だ。デイモン・ラニアン『ブロードウェイの天使』もいいなあ。ひなびた市井の人情劇。悪意と冷笑に満ちているのはアンブローズ・ビアス『生のさなかにも』か。奇妙な味ならジョン・コリア『炎のなかの絵』とロアルド・ダール『あなたに似た人』だ。アルフォンス・アレーの『悪戯の愉しみ』はブラックユーモアで蜂のひと刺し。燐光のような幻想を醸し出すジュール・シュペルヴィエル『沖の小娘』も好きだ。マルセル・シュオッブ『黄金仮面の王』では神韻縹渺たる幽明のあわいを漂う。うって変わって奇想天外なナンセンス・コントならカミ『ルーフォック・オルメスの冒険』。それからそれから、

 きりがないのでこのへんにしておくが、最後のやつはホームズもののパスティーシュ。で、コナン・ドイルはホームズもの以外の短編がまた面白い。「大空の恐怖」『北極星号の船長 ドイル傑作集2』)なんて子供のころ何回読み返しただろう。複葉機(昔の飛行機ね)でずっーと昇ってゆくと空に変なものが浮かんでいる、という話。『ウルトラQ』ではないか。

 ミステリ系でいけばF・W・クロフツの短編が意外に拾いものなのだなこれが。『クロイドン発12時30分』という倒叙ミステリの名作長編があるが、『クロフツ短編集1』に収められている作品のあらかたはこの倒叙形式。どれも短いし『刑事コロンボ』『古畑任三郎』の興趣をまとめて手軽に楽しめる。ありゃ在庫切れかい。

 しかたないな。じゃあ本格派ついでにディクスン・カーだ不可能犯罪だ密室だあっと驚くトリックだ。そういえば昔、題名はど忘れしたがカーの短編で犯行現場(もちろん密室)の俯瞰図を描いてくれと頼まれたことがある。それで驚いたのは部屋の内部の描写の精緻なこと。図面起こしが楽でありましたな。

 それはそうとカーの短編では「妖魔の森の家」『カー短編全集2 妖魔の森の家』)が傑作だ。なにしろ死体を××する手口がコワいのなんの。おまけにこれはギャグすれすれ。恐怖と笑いは紙一重。「笑いとは中途半端な恐怖である」、これはベルクソンの『笑い』だったかなよく覚えとらん。

 覚えておらんなりにベルクソンによれば、赤ん坊を高い高いするとキャッキャッ笑うが、これは怖がっていいのかどうかわからないからだそうだ。お愛想笑いというやつかい。ちがうな。うちの亀は高い高いしてもシューッと怒るだけ。まあ亀がうへうへ笑うのは聞いたことがないが。

 あー窓の外の水槽の亀がじたばたうるさい。餌をねだっておるのか。さっきやったばかりではないか。これからの季節、また餌代がかさむよなあ。うちの亀にこそ不食のすすめをすすめたい。もっとも、人間は酒を呑まなくともずっと生きていかれる、という言説のほうがはるかに信じがたいのだがな。

(2007年4月)

萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、相変わらず特記すべきことなし。
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