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酔読三昧
【第7回】
海の向こうに何があるのかはご存知か?
萩原 香

 夏が来れば思い出す♪。何を? 何をだ? なんにも思い出さん。脳が酒灼けしているせいだろうか。だいいちいまはもう秋♪そうねだいたいね。冬のリヴィエラ♪行ったことがない。もうすぐ春ですね♪気はたしかか。

 気がたしかといえば、ひとつだけ強烈な夏の思い出がある(なんだこの文脈)。

 ずっと若いころ友人たちと西伊豆の海に出かけたときのことだ。台風一過で抜けるような青い空のもと、ビールを呑んでは泳ぎ泳いではビールを呑みまた泳いでと、火渡りの修行ができそうな砂浜で甲羅干しの2日間。ここを先途と焼きまくったはいいが、帰るときには全身まっ赤っ赤じゃないか。

 要するに2a度くらいの火傷だ。家に帰って、ひりつく全身の皮膚を冷やそうと水風呂に入るも激痛が走る。因幡の白ウサギだってこんなに辛くはなかっただろう比喩が違うな熱いトタン屋根の猫か。とにかく痛くて痛くてTシャツにも腕が通らない。

 そのうち全身の皮膚が1枚まるごと浮いてきた。脱皮まぎわの蛇みたいな気分だ。別な肌。汗をかくとその皮膚の下に水疱ができる。ぷくりぷくりぷくり、いまやどす黒くなった体じゅうに無数の白い斑点がああ気色悪い。しかしこれをぷちぷち潰すのはけっこう面白かったな。

 そういえば同じように肌を焼きすぎて、皮膚が腫れ毛穴が詰まり汗が出ず病院送りになった知り合いがいた。こっちは運がよかったな。大量にビールを呑んでいたから熱中症にもならなかった(ような気もする)し。ほんとはビールじゃ水分補給できんからこれも運か。それにしても海辺で呑むビールは旨かったなあ。

 ところで海の向こうに何があるのかはご存知か? 補陀洛である。彼岸である。異界である。エレホンである。ネバーランドである。隠れ里である。

 ど〜こか遠〜くへ行〜きた〜い♪ ときどきふと、どこか遠い遠いところへ行きたいと思うことがある、てなことはないんだなこれが。

 よい宿でどちらも山で前は酒屋で  山頭火
 行くにしてもこうでないとな。

 本題に入ろう。今回は異世界の話、つまりファンタジー、“ここではないどこか”を描く物語をとりあげる。

 ハリポタのおかげで、ファンタジーはちょっとしたブームが続いている。トールキンの『指輪物語』もルイスの『ナルニア国物語』もル=グウィンの『ゲド戦記』も片はしから映像化された。これらの名作に読み耽っていた30年前には想像だにしなかったことだ。もっともラルフ・バクシ(フリッツ・ザ・キャットね)が監督した『指輪物語』(1978)があったけど(実写をトレースしてアニメにしたやつ。つまらなかった)。

 たしかに上の3作はファンタジーの代表格だ。しかし筆者にとってはマーヴィン・ピークの〈ゴーメンガースト〉3部作『タイタス・グローン』『ゴーメンガースト』『タイタス・アローン』が最高峰。

 舞台は山のごときゴーメンガースト城。あたかもピラネージを彷彿とさせるこの世界に、第77代当主タイタスが産声をあげたところから物語の幕はあがる。巨大な巌の迷宮には無数の部屋と無数の人間がひしめき蠢いている。登場人物はみな異形の人間ばかり。包丁両手にコマみたいに回転しながら襲ってくる料理人なんてのもいる。

 それはともかく、タイタスの成長と血で血を洗う城内の権力闘争を軸に展開する人間絵巻は、過剰なまでの想像力に溢れて読む者を圧倒する。メインストリームの文学史ではおそらく語られることのない、孤絶比類なき小説である。あのスティングが映画化権を買ったという話があったがどうなったんだろう。

 T・H・ホワイトの『永遠の王』(上下)も素晴らしい。こちらはいま品切れになってると思うが紹介だけさせておくれ。これは〈アーサー王と円卓の騎士〉の物語。であるが魔法使いマーリンは、オックスフォード英語大辞書(OED)をかかえながら時間を逆に生きている。だから予言者。だから森のなかでひとりの少年と出会ったとき、彼がアーサー王になる宿命にあることはすぐわかる。

 前半はスラップスティック、けっこう抱腹絶倒のお話なのだが後半にいたるや転調、悲劇的な英雄叙事詩の様相を呈し胸がきりきり痛んでくる。面白うてやがて哀しきとはこのことか。戦乱の果てに勝ち取った平和と秩序。それが内部から食い荒らされてゆく無惨。

 ディズニー・アニメ『王様の剣』(1962)とリチャード・ハリス御大がアーサー王に扮する『キャメロット』(1967)は、この小説をもとにしているとか。他にアーサー王ものの映画といえば最近ではブラッカイマー制作『キング・アーサー』(2004)か。傑作『ザ・ロック』(1996)のエド・ハリスはモーフィングするとロバート・デュバルだなまたやってる。

 個人的には、甲冑や武具の美しさに惹きこまれた『エクスカリバー』(1981)が好きだ。監督はジョン・ブアマン。『脱出』(1972)は男が男を×××××で怖かったな。『未来惑星ザルドス』(1974)はショーン・コネリーが毛むくじゃらでいやらしかったな。

 さてと。あとお薦めはダイアナ・ウィン・ジョーンズの諸作だ。『わたしが幽霊だった時』がケンカばかりしてる姉妹たちの結束を描いたファンタジー版『若草物語』なら、『九年目の魔法』は少女の成長とロマンスを描く、さしずめ『あしながおじさん』か(違うかな)。

 この2作が代表作だが、〈デイルマーク王国史〉4部作『詩人(うたびと)たちの旅』『聖なる島々へ』『呪文の織り手』『時の彼方の王冠』『ダークホルムの闇の君』『グリフィンの年』も遜色なし。ジブリの『ハウルの動く城』(2004)がきっかけにせよ、我が国でも広く読まれるようになったのは慶賀の至りだ。

 ジョーンズは我が子に向けて、そのおりおりの成長に合わせた内容のファンタジーを書いてきたとか。だから児童書系の作品が多いのだろう。ただし楽しくユーモラスな語りのなかには、大人のほろ苦〜い認識というやつが隠し味で織りこまれている。ガジェットだけのお子様ランチ的ファンタジー(ってあれのことかい?)とは一線も二線も画す。

 実はファンタジーにはいろいろカテゴリーがある。ラプソディーなんてファンタジーメタル・バンドではないか。ま、音楽はさておき小説のほうだがアダルト・ファンタジー、エピック(英雄、叙事詩)・ファンタジー、ヒロイック(剣と魔法)・ファンタジー、ダーク・ファンタジー、都会派ファンタジー、児童書系ファンタジーとかとかとめんどくさい。

 めんどくさいのでこのへんにしておく。どうしようもないライターだな。

 どうしようもないわたしが歩いてゐる  山頭火
 どうしようもない人間はうろうろするしかない。うろうろ歩いているうちに隠れ里に紛れこめるかな。この俳人も“ここではないどこか”を求めて放浪していたのではないかね。

 こじつけめいて、では次回。

(2006年9月)

萩原 香(はぎわら・かおり)
イラストレーター、エッセイスト。文庫の巻末解説もときどき執筆。酔っぱらったような筆はこびで、昔から根強いファンを獲得している。ただし少数。その他、特記すべきことなし。
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