東京創元社60周年

 

わたしと東京創元社  相沢沙呼(作家)

 

空飛ぶ馬

『黄色い背表紙の本を探せ!』

 

 何事かというと、その頃の僕は、日常の謎の物語をひたすらに探し求めていたわけです。

 

 まだ高校生くらいのときでした。北村薫先生の『空飛ぶ馬』を読んで、日常の謎というジャンルに魅せられた僕は、とにかくこういうお話が読みたいのだ、と日常の謎作品を追い求めていたのです。『空飛ぶ馬』を手にしたのは偶然であり、ミステリなんてものをまったく読まずライトノベルばっかり読んでいた若かりし頃の僕は、黄色い背表紙の創元推理文庫が、どのような立ち位置にあるのかまったくわかっておりませんでした。〈円紫さんと私シリーズ〉を読み終えてネットを探ると、どうやら加納朋子さんの〈駒子シリーズ〉が日常の謎作品らしいと知り、「それもまた黄色い背表紙の創元推理文庫なのか、凄(すご)いな創元推理文庫!」と感嘆したものです。

 

 当時は今のように「日常の謎」ジャンルがありふれているわけではなく、非常にマイナーな珍しいジャンルだったと思います。加納さんの『ななつのこ』を読み終えたあとは(『魔法飛行』はまだ文庫になっていなかったと思います)、どうすれば「日常の謎」ジャンルに出会えるのか途方にくれてしまいました。そこで高校生の僕はなにを思ったか、「黄色い背表紙の文庫を探せば日常の謎に出会えるのでは?」と考えたわけです。しかしこの黄色い背表紙が、小さな書店ではなかなか見付けることができず、かなり苦労した記憶があります。やがてクリスティやカーなどの翻訳作品に出会い、当時ライトノベル作家を目指していた僕は、ここは非常に小難しい、大人向けの作品ばかり出しているところなのだなぁ、自分が書いているものとはレベルが違いすぎるぜ、という印象を抱いたわけですが……。

 

 今となっては、自分のデビュー作が、「黄色い背表紙の本」であるのは、なんとも奇妙で不思議な縁を感じるわけです。

 


■相沢沙呼(あいざわ・さこ)
1983年埼玉県生まれ。2009年『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞してデビュー。主な著書に『卯月の雪のレター・レター』『雨の降る日は学校に行かない』『スキュラ&カリュブディス―死の口吻―』などがある。