東京創元社60周年

 

わたしと東京創元社  酉島伝法(作家)

 

月光ゲーム

 東京創元社、といえば「普通の人でよかった……」です。

 

 初めて東京創元社の社屋におじゃました時、会う人会う人にそう言われたのでした。デビュー作があれで、このひと大丈夫なのだろうかと不安を呼んだようなのですが、私にしてみれば、それはこっちの台詞、なのでした。

 

 なにしろ出会いを全く覚えていません。さすがにまだ出会ってないということはなさそうですが、他の出版社とは違って、気づかぬうちに這いよってきた混沌(ナイアルラトホテップ)という感じでした。というか漢字でした。難読漢字を多用したおどろおどろしい世界。日本探偵小説全集、ラヴクラフト全集、怪奇小説傑作集――それ以外の本でも、頁を開けばたいてい死体が出てくるではないですか。いったいどんな魔物が蠢(うごめ)いている出版社なのか。恐る恐る足を踏み入れた私は、会う人会う人に「普通の人でよかった……」と思ったはずが――

 


■酉島伝法(とりしま・でんぽう)
1970年大阪府生まれ。大阪美術専門学校卒。2011年、「皆勤の徒」で第2回創元SF短編賞を受賞。第2作「洞(うつお)の街」は第44回星雲賞日本短編部門の参考候補作となる。13年刊行の第1作品集『皆勤の徒』は『SFが読みたい! 2014年版』の国内篇で第1位となり、さらに第34回日本SF大賞を受賞。