東京創元社60周年

 

わたしと東京創元社  日下三蔵(アンソロジスト)

 

空飛ぶ馬

SFから都筑道夫を経て香山滋と山田風太郎にハマり、古い国産ミステリを耽読していた高校生のころ、翻訳専門の東京創元社は、どちらかというと縁遠い版元であった。だが挟み込みの小冊子「紙魚(しみ)の手帖」は好きで、月に一冊は何かしら買うようにしていた。

 

ある時、この「紙魚の手帖」をまるごと使って《日本探偵小説全集》(全12巻)という仰天の企画が予告された。この号の内容紹介はめっぽう面白くて、見づらい黄色い活字の「紙魚の手帖」を、なめるように隅から隅まで読んだことを覚えている。後から思えば、その文章は編集委員だった北村薫さんの手になるものであった。

 

マニアになりかけのころだから、収録予定作品は半分以上は読んでいて、不遜(ふそん)にも、なるほど無難な選択だな、などと思ったものだが、実際に刊行された全集を通読して、己の不明を痛感した。初読時と印象がまるで違うものが、たくさんあったのだ。

 

例えば『横溝正史集』『本陣殺人事件』「百日紅(さるすべり)の下にて」『獄門島』作中の時系列順に並べた構成。例えば『久生十蘭集』で大半のページを『顎十郎捕物帳』全話に充(あ)てた強い意思の感じられる作品選択。小説というものは選び方ひとつ、並べ方ひとつで、こんなに顔を変えるものかと驚かされた。「編集」という仕事に強烈に惹かれた。それ以来、どの作品をどう並べるのがベストかを、いつも考えるようになった。

 

いま、その同じ創元推理文庫で、《中村雅楽探偵全集》《大坪砂男全集》を作らせてもらっているのは不思議な気分だ。自分が《日本探偵小説全集》から受け取った驚きや楽しさを、次の世代の読者に手渡すことができているだろうか。

 


■日下三蔵(くさか・さんぞう)
1968年神奈川県生まれ。専修大学卒。2005年に編著『天城一の密室犯罪学教程』で第5回本格ミステリ大賞を受賞。著書に『日本SF全集・総解説』『ミステリ交差点』などがある。編著は《年刊日本SF傑作選》(大森望と共編)や《大坪砂男全集》《中村雅楽探偵全集》《皆川博子コレクション》他多数。