東京創元社60周年

 

わたしと東京創元社  青崎有吾(作家)

 

空飛ぶ馬

 まだ汚れなき高校生だったころの私といえば本屋や図書室を徘徊(はいかい)し面白そうだと思った本を適当に棚から選ぶばかりで、出版社やレーベルにはほとんどこだわっておらず、〝彼ら〟の存在についても「ときどき裏表紙と扉ページに二つもあらすじが書いてある妙な文庫に当たるがこれはいったい」といった程度の認識しかありませんでした。

 

 その妙な文庫の出版元が東京創元社という名前のひどくマニアックな会社であるしい、と知ったのは大学のミステリ研究会に入ってからです。先輩たちの会話を聞いていると一時間に三回くらい「創元」の名が出てくるのですから覚えないわけがありません。サブリミナル効果です。その日から私は彼らの手の中で踊らされていたことを知りました。あっ、あのとき読んだあれは東京創元社だったのか。げ、あのときのあれもか。ま、まさか昨日読んだこれも。「ふははは馬鹿め今さら気づいたか」飯田橋の地下で黒マントに身を包み哄笑(こうしょう)する怪人たちの姿が目に見えるようでした。

 

 そう、彼らは秘密結社なのです。本屋の片隅で、図書室の暗がりで、少年少女に知らず知らずのうちに名作を読ませようと暗躍する謎の組織なのです。その活動範囲は徐々に広がりつつあります。面白い本を読んだときは気をつけてください。ひょっとするとそこには彼らのシンボルマークである鍵や飛行船が刻まれているかもしれません。

 

 ほら、あなたの本棚にも――

 


■青崎有吾(あおさき・ゆうご)
1991年神奈川県生まれ。明治大学卒。2012年、『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞してデビュー。他の著書に『水族館の殺人』『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』がある。