東京創元社60周年

 

わたしと東京創元社  似鳥 鶏(作家)

 

理由あって冬に出る

 本屋さんには、時の流れの速い場所と遅い場所があります。お客さんが今話題の本をさっと手に取っては出ていく賑やかな「新刊・話題の本」の棚。通りに面し、次号が出れば入れ替えられる「雑誌」の棚。これらは、時の流れの速い場所の代表格です。

 

 その一方で店の奥、文庫本コーナー一角に、同じ背表紙をずらりと揃えて読者を待っている本たちがいます。岩波、早川書房、そして東京創元社の文庫本です。雑誌や新刊の棚が激しく流れる川面なら、この一角はゆっくりと時のたゆたう川底のようなもの。お客さんは流行や多数派の意見に関係なく、不朽の名作や知る人ぞ知る傑作と出会うことができます。川面があり川底もあり、好きな深さに潜ることができる。それが本のいいところです。

 

 雨のように川面に降りそそぐ話題書だけでなく、川底に静かに湧き水を送ることも忘れない東京創元社。底のほうにへばりつくのが好きな私には、とてもありがたい存在です。

 


■似鳥 鶏 (にたどり・けい)
1981年千葉県生まれ。2006年『理由あって冬に出る』で第16回鮎川哲也賞に佳作入選。改稿した同作でデビュー。主な著書に『いわゆる天使の文化祭』『午後からはワニ日和』『昨日まで不思議の校舎』などがある。