わたしと東京創元社 北上次郎(評論家)
昨年だったか一昨年(おととし)だったか、東京創元社に行った。日下三蔵と杉江松恋が二人で企画している仕事があり、私はほんの少し絡んでいるにすぎないのだが(この二人の企画ならたぶん十年はかたちにならないだろうと安心している)、その打ち合わせが東京創元社であるので来てくれと日下三蔵が言うのだ。私がこの業界で仕事を始めたときはまだFAXもなく、原稿は出版社に届けに行った。「小説推理」の原稿を持って双葉社に毎月行ったことが懐かしい。行けば編集者と近くの喫茶店で二時間。それも楽しい時間だったが、ようするに原稿を届けるだけで半日仕事である。それからFAXが出来て、メールが普及するともう出版社に届けることもなくなったので、実はそのときが初めての東京創元社だった。
そうか、このビルが東京創元社なのか。感慨深くその建物を見上げたのである。
■北上次郎(きたがみ・じろう)
1946年東京都生まれ。明治大学卒。別名義で編集者や競馬評論家としても活躍する一方、94年『冒険小説論』で第47回日本推理作家協会賞を受賞。主な著書に『冒険小説の時代』『極私的ミステリー年代記』や『読むのが怖い!』(大森望と共著)などがある。