東京創元社60周年

 

わたしと東京創元社  松崎有理(作家)

 

月光ゲーム

「警部、今回の事件の詳細です。殺されたのはインドのロープ魔術専門マジシャン。右手にこんな紙片を握ったままでこときれていました」
「なるほどこれがレッドヘリングというやつだな。どれどれ」
「ちがいます。ダイイングメッセージです」
「どっちでもよかろう。小生ミステリ用語にはうといのだ、なにせ生粋のSFファンだから。ええ、なになに。『17番めの素数に1をたすといくつでしょう』。うん、クイズかな。素数は、小さいほうからならべると2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41、43、47、53、と。17番めは57。だからこたえは58」
「ちがいます。57はいわゆるグロタンディークの素数で、1とその数自身以外の自明でない約数が存在するのです」
「ああほんとうだ、3と19か。と、いうことは。17番めの素数は、ええと」
「59ですよ」
「と、いうことは。被害者が死の直前にいいたかったのは」
「60」 

 


■松崎有理(まつざき・ゆうり)
1972年茨城県生まれ。東北大学理学部卒。2010年、「あがり」で第1回創元SF短編賞を受賞。同作はデビュー短編ながら、第42回星雲賞日本短編部門の参考候補作となる。他の著書に『代書屋ミクラ』『洞窟で待っていた』『就職相談員蛇足軒の生活と意見』などがある。